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かわいこちゃん
かわいこちゃん、見つけました。


つぶらな瞳がたまらん!!

・・・のですが、この後思いっきり吠え付かれました。

ドイツのわんこたちはとてもおりこうで
みんな、なんというかこう、「意志のある顔をしている」のですが、
日本の飼い犬のように、フレンドリーではありません。
とても警戒心が強いですね。
なので、飼い主の許可なく、手を触れたりするのは、絶対に禁物です。

本当はもふもふわさわさしたいのだけど・・・
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【2011/06/24 01:39 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(2) | page top↑
Keutzbergのアイスクリーム屋さん
ベルリンはクロイツベルグ地区に、
とっても美味しいアイスクリーム屋さんがあります。

我が家から30分くらいかかる場所なのですが、
この美味しさを思うと、すぐに電車に飛び乗ってしまいます。

今日も行っちゃった



いつも15種類くらいの味が揃っていて、
それも日によっていろいろ変わるので、
いつもおおいに悩むのですが、
今日はピンク・グレープフルーツと、カイピリンハ(ライムとホワイトラムのカクテル、ベルリンで大人気)にしてみました。

今日も美味しかった!


オススメです。

Vanille und Marille

Hagelberger Str. 1, nahe Mehringdamm
U6/U7 "Mehringdamm"
10965 Berlin
http://www.vanille-marille.de/index.php
【2011/06/23 03:50 】 | ベルリンの日常 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
アバド指揮、ベルリン・フィル。
もう、震えが止まらなかった。
心臓が握りつぶされるかのよう。

今日の演奏会、クラウディオ・アバド指揮、ベルリンフィル。

彼は神のようだ。
でも、人間なの。とても人間。人間の音、がする。


今日、自分が生きていることに心から感謝せずにいられなかった。

後半、モーツァルトの17番のソリストには、M.ポリーニが登場。
私はここで深く考え込んでしまう。
「年をとること」についてと「年のとりかた」について。
一体この二人の巨匠は、どんな風に今まで、時間のひとつぶひとつぶを重ねてきたのだろう。
それは血の滲むような努力とか、試練とか、挫折とか苦しみや悲しみといったことより、
「ひとりの人間として、どういうふうに生きてきたか」というところに、私の関心はある。
例えば、あるひとつの物、ないしものごとに対して何を感じるかとか、生活の色とか
感性とか価値観とか哲学とか人生観とか、そういったこと。
そして私は今、意味と内容にフルに満たされた、年の取り方をできてきたのだろうかと。。。。

今日、マーラーの10番、Adagioの最後の音が鳴り響いたとき、
アバド氏は聴衆の感動とは裏腹に、それはなんでもなかったかのように、すぐに体勢を緩めたが、
私は結局、何度となく繰り返されるカーテンコールの中、ろくに拍手ができなかった。
その後、師匠や知人たちに会っても、ろくに言葉がでてこなかった。
それ位、放心していた。
そういう、音楽だった。


巨匠たちの話が先になってしまったが、
前半しっかり魅せつけた若手のホープ、アンナ・プロハスカの歌もとっても秀逸だった。
今夜はモーツァルトのアリアとアルバン・ベルクのルル組曲から。
どんな作品でも、するりと自分のものにしてしまう感じ。とってもタフ。
彼女はベルリンで勉強し、ベルリン国立歌劇場でも頻繁に歌っているため、
ベルリンでは聴ける機会も多く、またとても人気。

しかし今日は、アバド氏が前回にも増してお元気そうだったのが、
今日、何よりも嬉しかったこと。
姿勢もぴんとしていて。
跳ねるように舞台に出てきて。
いつまでもお元気でいてほしい。

さて、水曜日には再びアバド氏がフィルハーモニーの舞台に上がります。
今度の水曜日、2011年5月18日は、
マーラーの100回目の命日なのです。
それを記念した、一夜限りのコンサート。
今日演奏されたマーラーの10番、Adagioと、Lied von Erde、すなわち「大地の歌」というプログラム。
ソリストには私の大好きな二人、
ヨナフ・カウフマンとアンネ・ゾフィー・フォン・オッター。

楽しみです。
【2011/05/16 07:21 】 | コンサート | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
ミッシャ・マイスキーのコンサートで起きたハプニング
今日はミッシャ・マイスキーのバッハの無伴奏組曲1・4・5番のコンサートへ。
しかし、結果から言うと、大変残念な演奏会となりました。
2曲目の4番をいざ弾こうと、彼が弓を構えて、最高の沈黙がおとずれ、
息を吸おうとした、その時、

ピピピピピピピピピピピピ、ピピピピ、ピピピピ・・・

会場は深い深い落胆の空気に包まれました。

絶句、としかいいようがありません。

完全に気分の悪くなってしまった巨匠、2番を弾きます、といって、急遽曲目変更。
(おそらく曲目変更は最初から計画されていたものではなく、このハプニングによって、彼の気分が、2番を弾く気分にならなくなってしまったことによって、だと思います。そのようなことをちょっと二言三言、話したのですが、落胆した彼の声はよく聞こえず、ちゃんと理解できず)

でもその後休憩を挟み、しかし終演まで巨匠の表情は明らかに「不機嫌」のまま、
アンコールも聴衆の熱烈な拍手もむなしく一曲のみ、
開演前と休憩にはあちこちに「今日は終演後サイン会!!」の真っ赤なポスターが貼られていましたが、
終演後にはそれらは全てなくなっており、予定されていたサイン会も、中止となりました。

私の前に座っていた10歳くらいの女の子、チェロを習っているようで、
コンサート中ずっとバッハの楽譜を握り締めており、
終演と同時に、サイン会の列に並ぼうと、一目散に走って出て行ったのに。


すべての人が「がっかり」を味わったはず。


電話が鳴ってから、いつ次に鳴るだろう、とビクビクしていて落ち着かなかったのは私だけじゃないはず。


電話を鳴らしてしまった人も、不注意だったわけで、悪気があったわけではないはずだから、
こんなに演奏会全体を、完全に悪い雰囲気にしてしまったことはショックだと思うし、
私だったら一生立ち直れないかもしれませんが、
でもそれだけ全てを台無しにしてしまう、罪なことだ、ということを、皆が理解せねばいけませんね。
ダメですよ、絶対。

それでも、今日は本当に極端で希少な例で、
ベルリンの聴衆は、基本的には「聴衆として」とても優秀です。
フィルハーモニーの大ホールなど、2000人以上の人間が、息を潜めて、耳を傾けている瞬間は
並ではない緊張感があり、ゾクッとするほどです。
しかし非常に高いレベルの聴衆が99%であっても、1%の人間に、それをぶち壊しにする能力が十分ある。

コンサートホールというのは、本当にデリケートな場所なのです。

【2011/02/23 07:59 】 | コンサート | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
犬と囚人
とっても興味深い動画を見つけました。

アメリカでは、殺人や殺人未遂など、重犯罪を起こした囚人たちが、
動物保護施設に収容された犬を引き取り、3ヶ月間、24時間時間を共にし、
しつけを施し、新しい飼い主に引き渡す、というプログラムが、多く行われているそうです。








我が実家では、私が物心ついたころから代々、犬を飼っていますが、
全て、迷い犬、もしくは飼育放棄をされた犬を引き取っています。
(仔犬から犬を飼ったことが、一度もありません)
それらの犬は、多くの場合、虐待を受けていたり「手放された」というだけで、大きな心の傷を負っており、
多かれ少なかれ、人間不信を抱えており、場合によっては、扱いやしつけが難しかったりすることがあります。

そういった犬たちを、刑務所に収容されている囚人たちが、
「社会生活が出来るレベルに」更生、しつけをし、
新しい家族、社会生活へ、戻していく、というこのプログラム。

本当に素晴らしい、と私は思います。

そもそも、殺人を起こすような人間というのは、
愛情の枯渇など、もともと心に深い傷を抱えているに違いない、と私は思います。
そういったことが心の深いところにあって、その傷を抱えながら生きるうちにどんどん方向がずれていき、
最終的に、血も涙もなく、人を殺すことだってしてしまう。

犬が飼い主を見る目というのは、まさに
「あなたがすべて、あなたが命」
何の屈折も下心も腹黒さもなく、
ものすごくストレートに愛情と信頼をぶつけてきます。
それも、言葉でなく、
目で、しぐさで。
頭を通過しない、「体感」での愛情をぶつけてくるのです。

これは、どんな素晴らしい言葉よりも、
良く伝わり、説得力がある
ことは、間違いない、と私は思います。

動物、特に犬を飼ったことがある方は、納得できるのではないでしょうか。

人間社会では「命を救う」という機会はそう多くありません。
ただ、保護施設に収容されている動物たちは、いづれ殺処分の日がやってくる。
それを一度は命を殺した囚人が彼らを救い、
愛し、愛され、囚人たちの尽力によって犬たちが社会に還っていく。

その姿に囚人たちは、自分の姿を重ね合わせるのでしょう。

素晴らしすぎる構図。


今、日本の刑務所では厳しい怒鳴り声の中で「更生」が試まれていますが、
約50%の再犯率、つまり刑務所に戻ってきてしまう確立が下がらないようです。

しかしよく考えると、
「刑務所生活はツラいから、もう悪いことはしない」
なんていう考えは
何とも浅はかというか、
本末転倒にはなっていやしないでしょうか。
そしてこの思考は、人にブレーキをかけるには、あまりにひ弱。
つまり、誰かが人を殺そうと勢づいてるところで
「でも、刑務所にまた入るのはやっぱりやだから、やめとこーっと」
なんて、そんな簡単に頭が冷えるとは思えない。

脅しや威圧では、人は制御できないと思うのです。

そういうことを踏まえても、この犬を取り入れたアイディアは、あらゆる意味で優秀、と思えます。

日本では殺処分される犬、動物たちが信じがたい位、たくさんいます。
このアイディアが、日本中で行われることを祈ります。


【2011/02/17 06:46 】 | 動物 | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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